05

「フェン」

やはりここか、とフェンの隣に静かに腰を下ろす。
両膝を立て、そこに顔を埋めるフェンの姿は少し幼く見えたが、少女にしか見えなかった。
声を殺して嘆く少女を護るようにクラウスは肩を抱き寄せ、自分に寄りかからせる。
抵抗する事無くすっぽりと収まった少女にクラウスは苦笑した。
いつもこれぐらい素直なら、と。

「叔父上を傷つけてしまった」

ぽつりと呟く声は他人の心配ばかり。

「リーリアも驚いていた」

「あいつも親戚だからフェンの事情も解ってるだろ」

「…………そうなのか?」

知らなかったのか、とクラウスは舌打ちした。
フェンは顔も上げずに言い募った。

「メストレ、は?」

「あんなの気にする価値も無い」

あまりにもきっぱりと言い過ぎているので、フェンはどう言ったものか、と考える。

「なぜ、そんなにメストレが嫌いなの?」

ん、と首をかしげながらクラウスは下を見やる。
フェンはもう震えてはいなかった。その事に安堵しながらクラウスは声を出す。

「フェンが気に入ってるから」

「……はい?」

思わず、といった風にフェンは顔を上げた。
訳がわからない、とクラウスを見上げる。

「今は犬猿の仲だが、少し前まではそれなりに仲が良かっただろう?」

「クラウス、まるで嫉妬に聞こえる」

「ああ。嫉妬だ」

クラウスは何でも無いようにさらりと言い切った。
は、とフェンが固まる。
その様子を見てクラウスは顔を顰めた。
だから言いたくなかったのだ。
まだ、少しも自覚していないフェンには。
少しずつ自覚させていくつもりだった。
少しずつ自分を見つめさせて、今よりもっと頼らせて、フェンに自分が女で、こっちが男なのだ、と自覚させていくつもりでいた。
その為なら、何年かかっても構わないし、どんな奴も全て排除する気でいた。

「あぁ、我の予定が崩れて行った」

「クラウスー?予定ってなんですかー?」

天を仰ぎながら、クラウスは開き直る事にした。
胡坐をかき、クラウスはその上にフェンを乗せる。後ろから両腕を回し、フェンが逃げないように抱きすくめる。
その体勢に落ち着いて、クラウスはよし、と唸った。

「予定というのは、フェンが我を男だと認識することだ」

「………クラウス。熱でもあるのか?クラウスは初めから男じゃないか」

「フェン、解っていないだろう。」

「だから何が」

「我はお前を一人の女性として、恋しい、と言っているんだ」

恋しい、その一言にフェンは思考が停止した。ついでに身体も固まった。
次の行動を予測したクラウスは逃げられないようにがっちりとフェンの身体を抱きしめた。

「な、え、あ?」

言葉になっていないフェンは言葉に頼るのを止めてじたじたと暴れる。
クラウスはしっかりと離さず、フェンに言い募る。

「フェン、我は今すぐにどうこう、とは思っていない。お前が私の気持ちに追いつくまで何年でも待つ」

「………クラウス?」

ぎゅう、と抱きしめられ、クラウスの言葉に少しだけフェンは冷静になる。

「何年待っても、私がクラウスと同じ気持ちにならなかったら?」

「ありえない」

その考えがありえないから、と内心突っ込む。
しかし、クラウスはそれで終わりではなかったらしい。

「……ありえない、が。その場合は我の心をフェンに捧げるに留めてやる」

「上から目線はやめろ」

そう言いながらもフェンは笑う。
心置きなく笑ったのはいつぶりだろうか。
たぶんそう遠くない未来に私はこの青年に恋するのだろう、そう思った。
それも悪くない。

「クラウス。ありがとう」

そう言えばクラウスは不機嫌になった。

「振られたようで気に喰わん。そこは『私も好きよ』ぐらい言うべきだ」

フェンは声をあげて笑い、クラウスはそんなフェンを見て苦笑するのだ。

数年後、二人の盟約は少しだけ変わった。

“我、クラウスは命尽きるその瞬間までフェンリルを愛し、慈しみ、我が初恋を捧ぐ”





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