セナイダの黒い瞳

01

 それは五百年ほど昔の話。魔王の力が余にも強く、人々の力が魔族に遠く及ばなかった時代。悪しき魔王は麾下の魔族を使い、トゥルンヴァルト王国に戦争を仕掛けてきた。魔王軍の総指揮官は魔王の息子、アファナシー。王国軍の総指揮官は時の国王。魔族と人の戦争は何年にも及び、国は少しずつ疲弊していた。それは魔族にも言える事。
 戦争が始まって五年目、熾烈を極めた戦争に、ついにその時は来た。魔王軍を指揮していたアファナシーを捕らえることが出来たのだ。その代償は余りにも大きく、王国騎士団は壊滅状態、魔術師軍団にも多大な被害が出ていた。
 しかし魔王はたった一人の息子が捕らえられた事で戦意を喪失し、王国軍に投降して来たのだ。自分の命と引き換えに息子を助けて欲しいと願い出た魔王に、国王は慈悲をかけた。しかしそのままアファナシーを還せばまた戦争になるかもしれない。そう憂えた王は魔術師の中から優秀な者を選び出し、魔力を封じるように命じた。魔術師はその命に従い、アファナシーに魔術を施そうとした。だが、アファナシーの魔力が魔術師の魔力を上回り、魔術は失敗。
王はアファナシーの魔力に恐怖を抱き、国に住まう全ての呪術師を呼び寄せた。呪術師とは魔術を違う方面へと特化させた術師のことで、人に呪いを掛ける事が出来る事から忌み嫌われる者たちだった。王はそんな者たちにある事を命じた。
「この者の身体から魂を抜き出し、魔力の使えぬ人として転生させよ」
 それが人を殺した償いになるように、と王は願った。
そして約束を違える結果になってしまった事に胸を痛めた王は、魔王を解放したのだ。もちろん人にとって凶器になる魔力は封じて。結果的に息子を死なせてしまった罪悪感から、自分たちが住まう土地に息子を連れ帰り、魔王は残った魔族にある事を命じた。
「これからは人に干渉することも、敵意を向けることも禁じる」
 それに不満を覚える者は全て斬って捨て、全ての魔族に厳しく命じた。
――そしてもう一つ。
「息子の魂が安らかで在れる様に………いつの日かこの身体に戻る日が来るように呪いをかけてはくれまいか」
 それは魔王としてではなく、一人の父親としての願い。それに賛同した魔族たちは、アファナシーの身体に朽ちることのない魔術と、永久の輪廻の果てに本来の身体に戻ることが出来るように魔術を施した。
 これにより魔族は歴史の表舞台から姿を消し、魔王は人の王との約定を違える事無くひっそりと暮らしている。
 当時の国王の臣下達は魔族の根絶やしを王に進言していた。しかし王は無益な争いを嫌い、無駄な血が流れるのを良しとしなかった。この時の王の判断が英断であった事は、トゥルンヴァルト王国の長い歴史が物語っている。
 そのとき以来、魔族の脅威は無くなって久しい――。