セナイダの黒い瞳

07

「その呪術師が国を影から操ってる、て専らの噂」
「それ、事実なのか?」
「嘘ではないね」
 うげ、と顔を顰めながらラミロは歩みを緩めない。それを横目で見ながらセナイダは気づかれない様に息を吐き出す。ラミロには言わないでいる懸念。
 その灰色の呪術師が死ねば、大変なことが起きるような気がするのだ。
「……待てよ?確か学長は」
「色素がどうのって言ったんでしょ?」
「そう、それ。色素がどう関係するんだよ」
 ラミロをどこまで巻き込んでいいものか、セナイダは判断に苦しむ。もし話してしまっても、ラミロは受け入れて、力を貸してくれるだろう。
 下町の道から大通りに出る。そこは昼前という事もあり、人で溢れていた。そこをぶつからない様に走ろうとしたセナイダをラミロが腕を引いて止める。
 何、とセナイダはラミロを振り仰ぐ。それにラミロは顎をしゃくり別の方を指す。そこには一頭の栗毛の馬がいた。
「ラミロ、あんた何する気?」
「俺は馬に乗ってきたんだ。お前もあれに乗れ」
 その方が早い、と言外に言われてもセナイダは首を横に振った。人ごみの多い今の時間帯に馬を走らせることの方が難しいし、時間が掛かる。それを考えれば裏道を通るほうが早く学院にたどり着くことが出来る。
 ラミロの手を振りほどき、呆れたように見上げる。そして溜め息を付き、告げた。
「今の時間帯なら大通りは人でごった返してるから馬で行くのは危険だし時間が掛かるの」
 だから裏道を行くのだ、と言外に告げればラミロはなるほど、と頷く。それなら、とちらりと馬を見てセナイダを見つめた。
「俺は馬に乗ってきたから裏道に行けないし、大丈夫か?」
 一人でも大丈夫か、と言う意味で聞かれたと理解したセナイダはこくりと首を縦に振った。セナイダ自身は柄の悪い人間に絡まれてもたいしたことは無いと知っているが、ラミロはセナイダをか弱い少女、と言う認識をしている。仕方ないとは言えその過保護な態度がたまにうっとおしく感じるのだ。
「大丈夫だから。じゃあ、城門でね」
 軽く手を振ってセナイダは裏道に向かって走り始めた。その後姿をラミロは心配そうに見つめて、彼も馬を引いて歩き始めた。
『ねぇ』
「何よ」
『どこまで本当なの』
「……何が」
 わざとか、とアファナシーはいらいらとセナイダを睨む。自分に関係している可能性のある人間がいると聞けばアファナシーも冷静では居られなくなる。
『セナイダ』
 それは命令。身体に、ではなく魂そのものに隷属を強いるような強制力。それにセナイダは息を詰めた。心臓がどくどくと音を立てる。冷や汗が流れるがそれを拭うことも叶わない。指一本セナイダの思い通りに動かない。じわり、と音を立てるように自分の身体から離される感触を味わう。それは何度体験しても慣れる事の出来ない感覚。
「アファナシー」
 焦って呼ぶが、それにアファナシーは答えない。こちらが彼の望む答えを言わない限り、彼はこの暴挙を続けるつもりだと理解できた。それはセナイダにとっては死にも等しい行為。やめてと言いたかったが、その言葉さえ発することを許されず、セナイダの意識は身体から切り離されてしまった。
 かわりにセナイダの身体を動かすのはアファナシーその人。外見の変化は見られない。セナイダの様に走ることもアファナシーには造作も無いこと。走りながらアファナシーはセナイダに恐怖の一言を言い放った。
「話すまでは僕がこの身体の主だから」
 横暴な、とセナイダは訴えるもこと自分の事に関しては頑なだ。アファナシーの影響を受ける唯一のその黒い瞳で見つめられる。セナイダは自分の見慣れた顔に、見慣れない表情を浮かべる他人を見返すしか出来なかった。