生まれた日に感謝
フロウはスイの短くなった髪を丁寧に指で櫛梳りながら、あることに気付いた。
「スイ。君の生まれた日はいつだったかな?」
「今日」
ぺらり、とスイの読む書物を捲る音が大きくその部屋に響く。中途半端な位置で止まったフロウの手を気にすること無く、本を読み進める。そんな婚約者の姿にフロウは我に返る。
「え、スイ、それは本当なの?」
焦る様子に内心首を傾げながらも、スイは小さく頷いた。
「何でもっと早く言ってくれないんだよ!」
「聞かれなかったから」
「聞かれる前に主張する!」
めんどくさい、と顔にありありと浮かぶスイを軽く睨みフロウは立ち上がる。スイの正面に立ち、スイから本を奪う。
スイのあ、という声も無視してフロウは本をぞんざいに放り投げる。その先を未練がましくスイは見つめる。
「スイ、今日は君がこの世に生を受けた日だよ?」
「だから?」
「君が生まれなければ、俺たちは出会えなかった」
「……それで?」
「今日は感謝するべき日だよ!」
「両親に、ね」
そのスイの様子にフロウはしびれを切らした。愛すべき婚約者はちっとも解っていない。
「違うよ。スイに感謝するべき日だよ」
「…………はい?」
「そう。感謝する日。いっそのこと国民の休日、祝日にすべきだね!」
「心の底から止めて」
自分の婚約者のぶっ飛んだ思考にうんざりしながら、スイは口許を緩める。彼と共にいて心穏やかであれる時が、想像以上に多い。
それは嬉しい誤算。彼と共に歩めることになった全てに感謝したい。
そう思うと、やはり感謝は必要だと感じた。
「フロウ」
「なんだい?」
「私を選んでくれてありがとう」
滅多に見ることの出来ないスイの笑顔と一緒にそう告げれば、フロウは蕩けるような笑顔をスイに向ける。
「こちらこそ、俺を見捨てないでくれてありがとう」
そっとスイを抱き締める。フロウの唇が顔中をさまよい、唇にたどり着いた時、スイから口付けられた。フロウはスイからのそれに狂喜し、暴走したのは言うまでもない。
そのあとスイに口を聞いてもらえず、随分と落ち込んでいたという。