久遠の恋‐イストとニーア‐

 いつも寝物語に強請るのは彼の旅した異国の話。一番強請る事をしなかったのは彼の恋人の話。殆ど知っていたから、と言うのが一番の理由。自分の前世を有り得ないほどに美化して話し出した時には、ニーアは消えて無くなりたいと切実に願った。もしくは、馬鹿な思考の、見た目青年、年齢うん百歳の爺の記憶から自分を消し去りたいと思う。
「ニーアは空中庭園に帰ろうとは思わないの?」
「思わない」
「……何でさ」
 不機嫌そうに問いかける目前の青年にニーアは、盛大に溜め息を付きながら一言で切って捨てた。
「アンタと関わり合いにならないで人生を終えたいから」
 その答えは酷く不愉快だったようで、秀麗な顔は顰められる。美形の得なところは、そんな顔をしていても、溜め息が出るほど美しい、と言う事だ。そんな顔を拝んだのも、この人生でついに三度目を迎えてしまった。
 前回の自分の死に方を思い出せば、流石にこの男に関わりたいとは思わない。そこまで自虐趣味は、ニーアは持ち合わせていない。
「俺はニーアしか要らない、て言ってるよね」
「その病んだ考え方修正するなら、アンタと関わってもいい」
「酷くない?それ。ニーアは俺の『久遠』なのに」
 あんまりな彼の言い方にニーアも顔を歪める。二度の人生で思い知ったのは、この男の粘着質な、一種、異様とも言えるニーアに対しての執着、だ。最初の出会いは、恋愛小説かのような熱愛。しかし竜である彼と過ごした人生は彼にとっては瞬きにも等しいほどの僅かな時間。そんな彼を一人残していく彼女は悲しんだ。人間であった自分を恥じた。
そして、愛おしい竜の生に於いて唯一人、と決められた『久遠』を僅かな時間で失う彼。それを嘆いた彼は彼女にある呪いを施した。彼女の次の生でも、自分と生きられるように、ある印を施した。死に行く彼女はそれを受け入れ、次の生でも共にいようと、最愛の人と微笑みあった。
そこで話が終われば幸せなお終いになる。しかし、この粘着質な男は、本当に呪いを施していた。もう三度目の生だというのに、彼の前にニーアがいる。そこまでくれば、立派な呪い、だ。
しかも二度目は凄絶な死に方をした。それさえも憶えているニーアにとって、目前で自分に微笑む男は、恐怖と憎しみの対象だ。勿論、ニーアが転生するまでの間は、竜にしては珍しく、色んな所をふらふらしていたらしい。そんな時の話を聞くのは、面白いからニーアは文句も言わず、彼の傍に居るのだが。
「ホントに、イストの想いは重苦しい」
 げんなりと言うが、イストは薄く笑って堪えた様子も見せない。それどころか、ニーアの口から自身の名が零れ落ちれば、心底嬉しそうにする。
 そんなイストの秀麗な顔を、気持ち悪い、と思うのはこの世ではニーア一人だろう。その様子がイストを益々付け上がらせる。ニーアにそんな表情をさせる事が出来るのは、自分唯一人だ、と。
「それだけニーアが大切なんだよ」
「………病んでる。それとも幼女趣味?」
「いくつであろうと関係ないよ。ニーアだから愛おしいんだ」
 近寄ってくるイストの顔を避ける事が出来ず、息が顔に掛かる程近づいたその人にニーアは戸惑う。何よ、と言う暇も無く、イストが唇の傍を掠めながら耳元に息を吹き込む。
「ニーアの全部を食べ尽くして、閉じ込めてしまいたい程、ね」
 余りに艶を含んだ声音に、ニーアは自身の貞操の危機と共に、ある確信を得た。
「こ、こ、こんの……幼女趣味のエロジジイがーーーーーー!」
 十歳の子供に何を吹き込むか、と顔を真っ赤にして喚くニーアを愛しそうに眺める竜の青年が、三度目の恋をするのは、まだ先の話。