久遠の恋‐ルキアとディオノス‐

 ルキアが彼と出会ったのは、ある戦場での事。眼を見張るほどの美丈夫、というのを彼女は、自分の種族の男以外に見たことはなかった。しかし彼は今まで見てきた美形の誰よりも綺麗だった。
 ついうっかり見惚れてしまった、と思ったときには遅かったのだ。その時すでに彼女は囚われていたのだ。敵将の、黒の悪魔という二つ名を持つ、ディオノス、という青年に。
「貴様、死にたいのか」
「死にたくは無いぞ。それに貴様ではない。ルキアと呼んでくれと言っているだろう」
「…………敵の捕虜が、なぜここまで踏ん反り返れる」
 頭を抱えて深々と溜め息を吐くディオノスにルキアは嬉々として答える。
「敵の捕虜ではないぞ」
「……………何だと?」
 ルキアの言葉にディオノスの雰囲気は一気に棘を含む。瞳には怒りを湛え、その視線だけで周囲の人間は恐怖に凍りつく。
 その中でルキアは凍て付く視線も気にせずに、朗らかに言い放った。
「君に恋をした一人の女だ」
「…………もう、いい。」
 疲れた、と項垂れながら呟いた青年に、ルキアは大変だ、と立ち上がる。椅子に縛られていた筈のルキアがすんなりと立ち上がった事に周囲は驚き、ディオノスは己の身に降りかかった驚愕の事実に言葉を無くした。
「ディオノス、君の部屋はどこだ?」
 男性の中でもそこそこの身長が有り、体格も良いディオノスを軽々と抱き上げ、少しのふら付きも無く歩き始めるその姿に、言葉も出てこない。うっかり部屋を指差したディオノスは、その姿を部下にも視られる事となった。
 ディオノスの部屋のドアを難なく開け、簡易の寝台にそっと彼を下ろした。その恐怖体験から開放されたディオノスは身体を起こそうとした。
 しかしルキアがそれを阻んだ。ディオノスの両肩に手を置き、彼の膝に跨り腰を下ろす。そのまま両手に力を入れ、押し倒そうとしたが、ディオノスが拒絶するように自分の腕に力を入れ、互いの力が拮抗する。
「ディオノス、何をしている?」
「それはこっちの科白だ!この痴女が!」
 きょとんとしたルキアの表情にディオノスも怒りが募る。しかも苛立たしい事に、ルキアの表情は余裕に溢れているが、自分の方は今がギリギリのところなのだ。後少しでも力を込められたら、倒れこむ。襲う趣味は持ち合わせていないが、襲われる趣味嗜好も持ち合わせていない。
「取り敢えず、俺の上から、どけ」
「人間の中では、こういうのは『渡りに船』というのではないのか?」
「立場が逆だ!この馬鹿女!」
「なんだ。押し倒すのが好きなのか」
「誰が曲解しろと言った!!」
 首を僅かに傾ける姿は、大変可愛らしい。しかも中々な豊満な胸の谷間がディオノスを煽る様に視界の大半を占める。ぎこちなく視線を反らすディオノスに気づいたルキアは、にんまりと悪戯を思いついた子供のように笑った。
自分の太腿を彼の脚の付け根を擦る様に動かす。その僅かな動きだけで、彼の身体は面白いぐらいに反応した。身体は正直だ、とルキアは囁きながらディオノスの上着に手をかける。じれったい位に、殊更ゆっくりと脱がせれば、ぎゅっと眉間に皺が寄る。ふ、と苦しそうに短く息を継ぐ、その唇にルキアは誘われるように、唇を寄せた。
ちゅ、と軽く触れれば驚愕に見開く彼の瞳と視線が絡まる。彼を見つめながら、もう一度、もう少し長く口付ける。小さく開いたその隙間から舌を差込み、近場を舐めてからすぐに撤退する。そんな愁傷な姿に、ディオノスは煽られる。もっと、と望んでしまう。
んふ、と満足そうに微笑むルキアに小さく首を傾げながら、ディオノスは今度は自分から唇を寄せる。
「ディオノス。悪いが我ら竜族はたった一人としか番わない」
「あ?」
「私は、君が私の唯一の『久遠』だと感じた」
 途中で話し始めるルキアに焦れながらも、話を聞く。
「だから、その、なんだ」
「はっきり言え」
「き、君には、もう、その、番が、いや…『久遠』………ではなく」
「なんだ」
「えぇと………そうだ!愛しい人はいるのか?」
 ほんのりと頬を朱に染め、言いよどむその姿は、随分としおらしく、扇情的で、そそられた。
 そしてルキアの言いたい事を悟ったディオノスは小さく苦笑した。今までの攻めの姿は何だ、と。
「残念ながら、そういう存在はいない」
 強いて言うなら、と言葉を切りルキアを覗き込む。なんだ、と次を促すルキアの腕を取り、力任せに引っ張る。ルキアの手足を器用に固定し、不敵に笑い告げる。
「ルキアが愛おしいと思った」
 その言葉にルキアが眼を開くと同時に、柔らかさを知ったばかりのその唇に自分の唇を重ねた。
 黒の悪魔と呼ばれる男の傍には、常に常勝の女神と詠われた女性が存在した。彼を傷つける者は彼女が許さず、彼女を傷つける者は現れる前から彼が薙ぎ払ったという。