久遠の恋‐イゾラとシスネ‐

「おいシスネ」
 がたん、と扉を開けてずかずかと進入してきた人物は、シスネの一番苦手な人物。子供の頃からシスネを苛め抜いてきた男でもある。
「……何ですか」
地を這うような低音で答える。それが気に入らなかったのか、男は不機嫌そうに顔を歪めて舌打ちする。その舌打ちにシスネはびくり、と肩を震わせた。それを見た男の機嫌は更に下降する。
開けた扉から一歩踏み出した男は、シスネの真横に立った。そこに立ったのは、机と椅子が邪魔だったからだ。そんな物が無ければ、シスネの正面を陣取っていただろう。それほどに彼は怒っていた。
「お前、どういうつもりだ?」
「何が」
「解ってんだろうが!」
「……だから、何が」
 埒が明かない、と声を荒げた。
「俺との結婚は嫌だと言ったらしいな!」
「死んでもね」
「何だと!?」
 その怒鳴り声は、シスネのトラウマを大いに刺激した。強気な姿勢と声音だが、シスネの心情は、今すぐにでもこの場から逃げ出したい、の一つ。
 彼、イゾラはシスネの恐怖そのもの。そんな彼からの意外すぎる申し出。イゾラとシスネを許婚にする、と言うものだった。嫌がらせも此処まで来ると凄いの一言に尽きる。自分の嫌いな存在を最後まで苛め抜くために、己の人生を投げ打つのだ。
「流石に、結婚は、ムリ」
「何でだよ」
「イゾラは私の『久遠』じゃない」
 その言葉はイゾラにとっては何よりも重かった。幼い頃からシスネを苛め抜いたのは、他の誰でもないイゾラ自身。シスネに良い感情を抱かれていないと理解はしていたが、それでもその言葉は心に突き刺さる。
 シスネにどう接していいのか解らなかった子供時代。シスネに恐怖されるほどの存在になっていたとは知らなかった。
「………シスネ」
「イゾラが何を言っても、ムリな物はムリ」
「俺の『久遠』はお前だけだ」
 その真剣な言葉にシスネは眼を見開く。この男は何をとち狂った事を言い出したのか、と考える。今まで何かあれば厭味を言ってきた人間が、今更、とも。
 苛立たしげに周囲を見回すイゾラ。伝えたい思いは唯一つ。ただ、どう伝えればシスネに曲解されずにすむのかが解らない。自分の語彙の少なさに嫌気が差す。
「お前だけが、俺を揺さぶる」
「え」
「お前だけが、俺の思考と感情を支配するんだ」
「え、ちょ、」
「俺の『久遠』は、誰が何と言おうと、お前だ」
 シスネ、という囁きは空気に漏れることなく、シスネの唇へと消えた。いきなりの事態に硬直したシスネにほくそ笑みながら、イゾラは納得する。
 こうすれば良かった、と。顔を青や赤に忙しく染めるシスネは文句無く可愛い。展開に付いて来れて居ない間に、取り敢えず身体から陥落していこうと決める。方向性を決めれば、行動あるのみ。
 シスネをひょいと抱えてイゾラが向かう先は、シスネの部屋にある簡素なベット。そこで愛を囁き、最終的には自分をシスネの『久遠』だと言わせればいい、と考えた。
 イゾラのそんな思惑にまんまと引っかかり、シスネは息も絶え絶えに、イゾラを『久遠』と認めた。

 苛め抜いた己の所業をシスネに謝り倒すイゾラが見られるまで、あと数時間―――。