久遠の恋‐シュリとミトラ‐

「ミトラー!」
幼子の声が己を呼ぶのに振り返る。ぽふり、と腰回りにかかる小さな衝撃に自然と笑みがこぼれる。
「どうしました?シュリ」
少し膝を折り、目線を合わせる。その視界にはきらきらと光る瞳を持った少年。
「光が出来たんだよ」
「それは良かったですね」
ふわふわの髪をそっと撫で、顔に薄く笑みを乗せる。その瞳には愛おしいという想いが溢れていた。それをくすぐったそうにはにかむ少年を抱きしめた。
 彼は大切な親友たちの遺児。竜と魔女の間に生まれた少年は竜の血が濃い。ただ不器用な所は魔女の父親に似たのだろう。魔術が使いこなせないと愚痴るのが最近のシュリの癖になりつつある。
 それが使えた、と喜ぶ姿は純粋に可愛らしい。感情が表情に直結しにくいミトラでさえうっかりと笑みが零れた。
「ミトラ」
「うん?」
「……ミトラ」
「…う、ん?」
 はぁ、と盛大な溜め息が思いの外近くから聞こえる。違和感が、と思っていたら身体が揺れる。
「寝惚けてるでしょ」
「うん?」
 うっすらと眼を明ければ端正な顔が正面にあった。あれ、と思うとそれは困った顔をする。確か、シュリはもっと小さかった気が、と呟けば。
「それいつの話?とっくにミトラの背は越してる筈だけど?」
「………あれ?」
「うん。寝惚けてるよね」
 しっかりと眼を開ければそこには青年となったシュリ。そこで意識がはっきりとした。さっきまでの可愛らしい少年は、歳を重ねる毎に背丈は伸び、ふてぶてしい性格へと変貌した。それだけは本当に残念な結果である。 
「で、どうしたの?ミトラがこんな所でうたた寝なんて珍しいよね」
「事の原因が自分に有ると言うのに白々しいですよ」
「何が?自分の欲しいものが誰かに取られる前に手を打っただけでしょ?」
「……ああいうことは、自分の『久遠』とすべきだと言っているのです」
 その言葉にシュリは顔を顰める。首を左右に振りながら、溜め息を付き、近かった距離を更に縮める。
「まだ解らないの?それとも俺の『久遠』はミトラだって、言わないと解らない?」
「は?」
「昔から好きだって言ってきたよね」
「それは、親が居なかったから、刷り込みでは……」
「そんな訳無いでしょ。ミトラと暮らし始めたのは十歳になってたんだから」
 自我だってちゃんとある、と言われればそれまでだ。しかしそれでもミトラは色々と認めたくない気持ちが大きい。
 その姿が気に食わないのはシュリ。昨日いたした事でさえもさらっと流しかねないミトラに逃げ道を与えないようにする。十年我慢したのだ。これ以上は耐えられない。誰かに掠め取られる前に、自分のモノにしたい。
「もう一度言うよ?俺の『久遠』はミトラだよ」
「私は……」
「親としてでなく、一人の女として、ミトラが欲しい」
 その瞳には確かな欲情が宿る。それを突きつけられたミトラは諦めた。色々と理由をつけて養い児から遠ざかろうとしていたが、自分の中にある想いに眼を向ける事に決めた。
「私もシュリが何よりも大切ですよ」
 ふんわりと微笑めば、シュリは蕩ける様な甘い笑顔をミトラに向けた。

「永久に共に」