久遠の恋‐イルマリとギオル‐

 その気配にギオルは直ぐに気づいた。だが相手はいつものあいつだと思えば大した事はしないと踏んで無視をした。それをほんの数分で後悔するとは思わなかった。
「ギオル!もう観念せよ!」
「………何が」
「妾はそなたの子種を貰い受けるぞ!」
「寝言は寝てから言えって」
 ずっしりとギオルの腹の上に座り込む女。豊かな胸を揺らしギオルに見せ付ける。紅い唇は甘そうな見た目でギオルに迫る。両手はギオルの胸に当てられ、ギオルの夜着を弄っていた。その姿は誰もが振り返る美女。迫られれば、むしろ役得、と思うであろう。
 子種発言して迫ってこなければ、の話だが。
「おい、イルマリ。いい加減にしろ」
「何がじゃ!」
「その空しい幻術をさっさと解け」
「こうでもせねばそなたは本気にせぬであろう?」
「どう足掻いても本気になんてするか!」
 いいからどけ、と唸るギオルにイルマリは優越感に浸る。いつも子ども扱いするギオルに少しでも、そういう対象に見てもらおうと画策した結果だ。いつまで経っても動かないイルマリに切れたギオルは強硬手段に出た。
「『解』」
 ぱちんという破裂音と共に妖艶な美女は幼女に変わっていた。その姿にギオルは安堵の溜め息を吐き出した。普段の姿を見て安心した。あんな姿は十年以上経ってからでも遅くは無い。しかし本人は不満げに喚いた。
「何をするのじゃ!ギオル!」
「姑息な事してんじゃねぇ」
 まったく、と盛大に息を吐き出し、腹の上で喚くイルマリを両手で抱え上げる。そのまま起き上がって胡坐をかいた上に座らせる。不満そうな表情のまま、イルマリはギオルを下から睨み付けた。
「妾は本気じゃと言うとるであろうが!」
「ガキが大人ぶってんじゃねぇ」
「何じゃと!妾は立派な一国の女王じゃぞ!」
「………名前だけな」
 それは小さな呟き。幼いイルマリが知らない事実。きっとこの国はイルマリが成人するまでに滅びるだろう。周囲の官吏が最悪な人物ぞろい。後見人からして最悪なのだ。そんな魔窟で生き延びられるほうが可笑しいのだ。
そこで生きられるほど、イルマリは強かではない。もう良いだろうか、とギオルは諦める。竜が珍しいからとここに囚われた。
 振りをした。
「なぁ、イルマリ」
「何じゃ?」
「この国が好きか?」
「好きじゃ。この国は妾の命そのもの」
「解った」
 その言葉が総ての引き金。死なせるには余りにも儚く、気丈で、崇高。惜しいと思う。その彼女が国を以って命とのたまった。すべき事は一つ。魔窟の一掃、である。
「何年掛かる事やら」
 それでも、もしも上手くいけばイルマリの戯言も一考してやろうと言う気になった。
「ギオル?」
「そうだな。お前はこの国の女王だもんな」
 ぐしゃりとイルマリの髪をかき混ぜれば不満の声がイルマリから上がった。
「お前が女王のまま成人したら、お前の世迷言を叶えてやるよ」
「! ギオル! それは真か!」
 きらきらと瞳を光らせた幼子。嘘ではないが、本当でもない。竜の力を以ってしても、国一つ丸ごと変えるのは無理だ。
 取り敢えず、手っ取り早い方法を取るか、とギオルはイルマリを寝かしつけてから動いた。ギオルはその先十数年不眠不休で働き、イルマリは賢帝と呼ばれる程の女王として君臨していた。その隣にはギオルという名の竜が常に寄り添って居たと言う。