スイと手紙

その手紙を待ち遠しく感じるようになったのはいつからか。
少しだけうきうきとしながらその日は過ごしていた。間隔的にはそろそろフロウから手紙が来る日である。それを心待ちにしていて、浮足立っていることはスイにとっては不思議なほどの気持ちの変化。
「スイ様」
扉を叩きながら入って来る老執事は、やはり手紙をその手に持っていた。あまり表情の変わらないスイの表情が少しだけ明るくなった。
それを目敏く認めながら老執事は、穏やかに微笑みながらスイに手紙を手渡す。
「スイ様、領地について嘆願書が出されております」
「……フロウからの手紙ではないの?」
少しばかり残念そうに肩を落とすスイの姿に老執事は、苦笑する。何かに執着する姿を見たことが無いだけに新鮮。それが皇太子絡みであることが唯一不満な部分であるが。
「皇太子からの手紙も有りますが、スイ様の先生からの手紙も有りましたよ」
「まあ、先生から?」
珍しい事も有るものだ、とスイは呟きながらもその手にあるのはフロウからの手紙。それに執事は不愉快になるが、顔には出さないようにする。
手紙を開け、中身を取り出しながらスイはふと顔を上げる。そこにはまだ執事が立っていた。それを首を傾げながら問い掛ける。
「まだ何かあるの?」
その言葉に執事は口を開く。
「スイ様、嘆願書の件は近日中に、と」
「解っているわ」
それを聞いて執事は部屋を出ていく気になった。
それを待ってからスイは手紙に眼を落とした。そこにはフロウの字で返事が遅くなったことを詫びる文章で始まる。意外に律儀で真面目な一面を手紙を通して初めて知った時には驚いた。今では苦笑するしかない。
手紙は近付く夏の大祭に忙殺される日々を愚痴と共に連ね、避暑地に行かないで一緒に大祭に参加しないか、というもの。
しかし、ちらりと机を見ればそれは無理では、と思わせる程の仕事。領地に関する事が主で、秋を待たずに一度領地へ帰らねばならないか、と思案していた。
フロウからの提案は非常に興味をそそられたが、自分の仕事を放り出してまで行きたいとは思わない。
やや困り顔でスイは手紙の返事をいそいそと書きはじめる。普段ならばその場で書く事は無いのだが、大祭で忙しいフロウに労いとお断りは早めに書かなければ、と思っての行動。
それが常のスイと変化していることに気付かないのは本人ばかり。