02

クラウスは人間ではない。魔物、と呼ばれる部類に入るらしい。
らしい、というのは本人が言いたがらないので、こちらでそう予想しているからだ。
出遭ったのは十三歳の時。
一人の少年が黒豹に襲われていた。

――そう、黒豹に、だ。

叫び声に驚いて駆けつけたときには、少年は血だらけだった。
襲い掛かろうとしていた黒豹にフェンはとっさに炎の魔法をぶつけていた。
呪文を唱える事無く操る事のできるそれを使ってはいけない、と言われていた。

今度は黒豹の叫び声が轟く。
その間に少年に近寄り、助け起こした。

「うぅ」

呻くだけで、目も開けないようだった。
ぽつりと呟く。
それだけで少年の傷は消えた。

「……君は……?」

「フェンリル」

一言、それが間違いだった。

「ガゥ!!」

低く響くその獣の叫び。
しまった、と気づいたときには手遅れだった。
たいした助走も付けずにフェンにまで跳躍し襲った。
叫び声一つ上げる事なく圧し掛かってきた黒豹を見上げる。
ぎらぎらと光る金色の瞳は自身を傷付けられた怒り、人に対する憎しみ、そして一瞬の悲しみが見えた。

「フェンリル」

獣の唸り声と共に吐き出された自身の名。
その言葉に目を見張り、指を僅かに動かす事も叶わなかった。

「よくも我を汚したな」

言葉を発する事も許されない。そのまま喉笛を食い千切られるのだと漠然と思うだけだった。

「えーと、すまない」

ぐるぐると喉を鳴らす黒豹は相手を見極めるように目を細めた。

「その小さな身には異常ともいえる強大な力だな」

「……持て余してるんだ自分でも」

「我が肩代わりしてやろう」

フェンはぎょっと、目を見開く。
こいつは今、なんて言ったのだ、と驚愕する。
もう一度黒豹は同じ言葉を繰り返す。

「我が背負おう」

「私に、お前を、飼えと、言うのか…?」

神妙に黒豹は頷く。
即座にフェンは首を振った。それによって殺されるかも、という考えは浮かばなかった。

「無理だ!!自分の事で手一杯なんだ!!お前みたいな凶暴な奴、飼えるか!!」

ふ、と黒豹は嗤った。
ちらりと視界に自分が殺そうとした少年を入れる。

「お前は、あれとは違うな」

「……あれ?」

「そこの子供だ」

あの少年がどうしたというのだ。
黒豹は馬鹿にしたように嗤う。

「あれは身の程もわきまえず、我を隷属させようとしたのだ」

「それは、馬鹿だな。あんたは上位召喚師でも扱えないだろう」

おや、と黒豹は驚きに目を開く。
それに気付かずフェンは続ける。

「だから、私もあんたを飼うのは、無理だ」

くつり、と嗤ったその瞬間、黒豹は人へと姿を変えた。
さらりと顔にかかってきた真っ直ぐな黒髪。鋭さは殆ど無くなった金色の瞳。
そこに現れたのは誰もが羨むほどの美形の青年だった。
それに押し倒された形になっているのにフェンは眉一つ動かさずに違う感想を述べた。

「人型になれるのか。それとも獣型になれるのか?」

「………本当に、冷静だな。」

それが売りだから、と心で呟きながらフェンは黒豹だった青年を見つめた。
くつり、と笑い、青年は口を開いた。

「我が名はクラウス。フェンリルと血の契約を交わし、命尽きるまでフェンリルを庇護する」

それは盟約の詞。首がじりじりと焼けるような痛みが走った。
にやりと笑う顔が視界いっぱいに見えた。
その笑顔を見た途端、身体に戦慄が走る。
身体から、膨大に溢れていた魔力が、殆ど無いのだ。

「お、前…なにを……」

青ざめた顔でクラウスと名乗った青年を凝視する。
澄ました顔でクラウスは告げた。

「我が肩代わりすると言ったであろう」

「誰も、そんなこと頼んでない!!」






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