フェンは目を見開いた。従兄が持っていた杖を中心に空気が渦巻いていた。
爆発すれば、被害はこの部屋だけではすまない。
「消し飛べ!!」
「この、馬鹿が!!」
フェンが見るその場で渦巻く空気が、爆ぜた。
盛大な爆発音が学院中に響き渡った。
瓦礫と化した従兄の部屋と、その部屋の扉。
「大丈夫か、フェン」
直ぐ傍に聞こえた声は、クラウスのもの。
「すまない。私が契約を破った」
「これは、仕方ないだろう。それにあと十日だ。大して変わらん」
みんなが集まっているのにまるで無視をして、フェンは瓦礫の中から従兄を引きずり出す。
「シュネル・アルバ・シュタウフェンベルク。貴様のこの学院の教師資格を剥奪する。我が一族での処罰はネイサン・ジュナイセン・シュタウフェンベルクに一任する」
轟然と告げるそれは一族を束ねる物としてのもの。
しかし従兄にとっては断罪者にも見えた。
「甘い」
怒りを宿すその瞳を従兄から逸らさずにクラウスは唸る。
それを視界に入れる事無く、フェンは口を開いた。
「クラウス、これは我が一族の事だ。お前といえど口は挟むな」
それは普段のフェンでは考えられないほどの冷たい響きだった。
「フェン?」
爆発を聞きつけてやってきた中に、リーリアもいた。
不安に揺れるその声を聞き、フェンは内心舌打ちをした。
決して見られたくなかった姿を今、晒しているのだ。
「リーリア、すまないが院長を呼んでくれ」
「私ならここだ、フェンリル」
振り返れば学院の長であり、前フェンリルでもある叔父がいた。
ずるり、と従兄を引きずり、フェンは叔父の前に立つ。
「今の言葉は聞こえたな?」
「ああ。どうせ息子がお前にまた喧嘩を吹っかけたのだろう。」
「そんなところだ」
「すまんな。これだけの被害で済んで感謝する」
従兄を渡せば、一瞬でその身体が消えた。瞬間移動が得意だったな、とフェンはぼんやりと考えた。
「フェン、怪我は無いか?」
「大したことはない」
そうか、と叔父は悲しげに目を伏せた。
ゆっくりと廊下に戻れば生徒と教師の人だかりが出来ていた。
その中によく目立つ赤髪を見つけた。
あちらも気付いたようで、ずかずかとフェンの前まで進み出てくる。
「フェンリル!またお前壊したのか!?」
無意識に掌に力をこめていた。それを止めたのは叔父だった。
柔らかく、しかし有無を言わせない瞳でフェンを見つめる。
「フェン、気が立っているのは解るが、止めなさい。お前まで私に裁かせる気か?」
その言い方に、フェンは切れた。
「こんな事になったのは誰のせいだ!?あんたが私に『フェンリル』を継がせるからこんな事になったんだ!!自分の弱さを私に押し付けるな!!」
「フェンリル!!お前、学院長になんてことを…!!」
最後まで聞かずにフェンは掴まれていた手を振り払いその姿をかき消した。
「フェン!!」
何人かが叫び、クラウスは音も無く追いかけた。
リーリアは今までフェンが立っていた場所に立ち、学院長を見上げる。
静かに怒りを宿す瞳に傍で見ていたメストレが息を呑む。
「ネイサン叔父様、フェンが怒るのも無理は無いと思いますけど?」
「解っている。重責に耐えられなかったのは、この私だ。」
「それだけではないでしょう!フェンの未来まで貴方は壊したんですよ!?」
苦渋の表情を浮かべるその顔を見ても、リーリアの怒りは収まらない。
「フェンはいつまであの格好をしなくてはいけないのですか!!あの子は十六の少女だと言うことをお忘れですか!?」
メストレは驚きに目を見開く。
ネイサンは目を閉じて、耐える。
明るく、笑顔の絶えなかった少女を壊したのは誰でもない、ネイサンその人だ。
フェンはずっと我慢してきたのだこの十三年間。
それがとうとう切れてしまった。
誰も彼女の心を知ろうとしなかった。知ろうとしても、フェン自身が拒んだのだ。
『フェンリルは弱みを相手に見せてはいけない』
その言葉を彼女は忠実に守っているのだ。
その彼女の心に踏み込めたのはただ一人―――。
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