セナイダの黒い瞳

03

「お兄さんは幽霊なの?私幽霊に取り憑かれちゃったの?」
 セナイダには訳が解らず、不安で、勝手に涙が溢れてきた。目の前で少女が泣き出しても、青年は首を小さく傾げるだけ。本格的にわんわんと大声を上げて泣き出しても青年は慰めてはくれなかった。
『君さぁ。正直僕も困ってるんだよね。泣いて済む問題なら僕も泣いてるってば』
 呆れ返った声音の上に、子供に対しての容赦の無さに涙も引っ込んだ。余りの言い草に呆然と見上げれば青年は目の前に座って目線を合わせる。そして小さくにこりと笑い、今度は子供にも解るように易しい言葉で話し出した。
『お兄さんの名前はアファナシーっていうんだ宜しく』
「あ、ふぁ?」
『呼びにくかったら君の好きに呼びなよ。僕は気にしないから』
 その言葉にこくこくと首を縦に振り、小さな声で「アフナ」と呼んでみた。それに目前の青年は、小さく「ん?」と首を傾げつつ返事をした。返事をしてくれた事にほっとして少しだけ微笑んだ。それに頬笑み返してアファナシーは言葉を続けた。
『僕は今まで何回も生まれてから死ぬまでを繰り返してきたんだけど』
「何回も?」
『うん。五百年のうちに何回も。数えるのも面倒になって止めちゃったんだけどね』
 なんでもない事の様に語るものだから、その時は誰にでも有る事なんだと考えていた。それが異常の中でも上位に位置することを知ったのはもう少し大きくなってから。あまりにもさらっと言うものだから流されただけ。この青年は話の大半をこのようにさらっと流すものだから、危うく聞き逃しそうになったり、後で思い出して問い詰める、というのが日常茶飯事。
『それで今回もあっさり事故にあって死んじゃったから、また違う人間として生きていくんだろうなって思ってたんだ』
 こんな重たい話を年端もいかない子供に聞かせる所に怒れば良いのか、「ちょっと石に躓いてこけちゃった」みたいな感覚であっさり話すな、と突っ込めば良かったのかは未だに悩むところであったりする。
『で、僕が目を覚ましたら、僕じゃない声が、僕の身体の筈のものから聞こえたんだよね』
 あれは恐怖の体験だったね、とアファナシーは遠い目をしながら語った。
『今回の生まれ変わりはちょっと問題が有ったみたいなんだ』
「問題?」
『そう。大問題だよ』
 にっこりとアファナシーは笑う。その笑顔は残念ながらセナイダを安心させる類の物ではなかった。敢えて言うなら、無く子も黙る恐怖の笑み。
『一つの身体に二つの魂が入ってるんだ』
「そんな事が出来るの?」
『うん。無理だね』
「………」
 そんなにさらっと即答する事ではない筈だ。あっさりと言い過ぎるものだから緊張感も消し飛ぶ。わざとやっているのだろうか。セナイダに気を使って、という可哀相な妄想は一気に萎んでしまった。その後の言葉によって。
『最終的には身体が持たないから僕と君のどっちかが消えることになると思うよ』
「わ、私、消えちゃうの?」
 セナイダは必死に涙を堪えてアファナシーに縋るように聞いた。しかし相手は五百年生きた老獪。爽やかに笑いながら言い聞かせるように宣った。
『僕はまだ死ねないから譲ってくれない?』
「わ、私だって、死にたくないよ…………」
 あっさりと自分の為に死んでくれと言うアファナシーに、セナイダは後退る。この人変だ、普通じゃない、と頭の中でがんがんと警鐘が鳴り響く。セナイダの青ざめた様子を面白そうに眺めながらアファナシーは続けた。
『まあ、そうだよねぇ。ま、身体が持たなくなるのは明日かもしれないし、何十年か先かもしれないし』
 気長に同居していこうよ、と告げる。無邪気に恐ろしいことを言うこの青年を信用してはいけないとセナイダは幼心にも思った。気を抜けば絶対にこの人に容赦なく消される。文字通り、自分の存在を消し粒に変えるだろう。きっと笑いながら。
『でも、それまでに消える覚悟はしておいてね』
「最低だ!」
 セナイダは我慢しきれずに、アファナシーに叫びながら泣いた。えぐえぐと声にならない声を上げて。アファナシーもその時ばかりは慰めてくれた。「ちょっと脅かしすぎたよね」とセナイダの頭を撫でながら。