セナイダの黒い瞳

04

 それからセナイダとアファナシーの奇妙な同居は始まった。正確に言えば二人で納得しあっただけなのだが。セナイダが学校に通い始めれば、アファナシーは容赦なく自分の膨大な知識をセナイダに与えていった。その理由も「僕疲れちゃったからこの記憶持ってて」なんいていうものだった。
 アファナシーのちゃっかりしている所は、その時の子供が持ってたら明らかに可笑しいけれどセナイダが学校で習った知識に関係したことだけセナイダに押し付けた事だ。知っている知識が同級生より詳しいと、ちょっとした優越感に浸れる。そんな子供心を見事に利用したのだろう。後で気づいた時には既に遅すぎた。気づいたときにはセナイダは、ちょっとした神童呼ばわりされてしまっていたのだ。
 あげくにアファナシーはセナイダに新しい知識を要求してきたのだ。アファナシーのお気に召すような論文が出れば買わされる上に、徹夜で読み耽り、面白そうな学者がいれば飽きるまで通わされた。知識に貪欲なのは良い事なのだが、共同生活の上では遠慮していただきたい。そのせいで噂にも拍車が掛かったのは言うまでも無い。
そんな奇妙な同居人を住まわせて十八年。身体の限界はまだ見られない。ちょうど良いからという理由で、セナイダはアファナシーの本家本元である魔術と魔力について王立大学院で専攻していた。万が一の時の為に魂を身体から穏便に切り離す事が出来るかを探っている。
その参考として歴史書を読んでいたのだが、アファナシーから聞かされていた話と本の内容が余りにも違いすぎて怒りが爆発してしまったのだ。ちらりと本を視界に入れてみる。重厚な表紙はそれだけで芸術品であり、結構ないい値段をしている代物だ。しかし手痛い出費を我慢して手に入れた本は、もう一度手にとって続きを読むと言う気にはなれなかった。
「………私、本気で人間不信になりそう」
『どうしたのさ?急に』
 あれ、と顎で今まで読んでいた本を示す。それにアファナシーは興味無さ気に「あぁ」と返事を返す。あんな人間の都合が良い様に出来た物でもセナイダは傷つく。そんな感傷は斬って捨てろと言いたいが、そうさせているのは紛れも無く自分の存在。アファナシーという存在に触れなければ、セナイダはそんな瑣末なことに胸を痛めなくて済んだのに、とも考えてしまう。
『あんなのどこにでもあるでしょ。きっと魔族の住むハシュテット自治領で出回ってる歴史書は魔族の都合が良い様に書いてあるよ』
 そんなもんだよね、とあっさりと言いのけるアファナシーは精神構造からしてセナイダと違うのだろう。セナイダはこんなことで怒ってばっかりの自分は、やはり子供なのだと感じる。
「私が一番許せないのは、『魔族がひっそりと暮らしてる』って決め付けた所よ!」
『実際ひっそり、でしょ?』
「う。それは、まぁ、そうだけど」
 あっさりとアファナシーに言い返されてセナイダは言葉に詰まる。
そう確かに魔族はこの五百年、歴史の表舞台には登場していない。暗躍、何てこともないのだ。それは魔王が人間の王との約定を守っている、という事に他ならない。自治領と言っても名ばかりの土地を守っている。
その話になるといつもアファナシーは少し沈んだ声音になる。表情は見えないが、きっと自治領に、仲間の許に帰りたいのだろう。いつか自分の身体に帰ることが出来るのだろうか、夜中によくそう呟いているのをセナイダは知っている。
だからこそ、両親や兄の反対を押し切って、王立大学院へ入ったのだ。有事の際にはその知識を王国に差し出し、敵を屠るための武器としなくてはいけない。そのため、王立学院へ入れる者は、ある一定以上の魔力、もしくは戦う術を持っていなくてはいけない。
もちろんセナイダにも魔力はある。誰が見てもそれは理解されている。理由は簡単。
セナイダの髪の毛は見事な黒髪なのだ。魔力が強いほどその身に宿す色彩は黒に近い。黒髪までいくと少し特殊ではあるが、珍しいことではない。そのため魔力が強いと言うことで、王立学院にはすんなりと入ることが出来た。
アファナシーも両親たち同様、あまり良い顔はしなかった。でも何も言わずにセナイダに付き合っている。