セナイダの黒い瞳

05

「お姉ちゃん」
 セナイダの部屋の扉を開け、少女が顔を出しながら呼ぶ。金髪に緑の瞳をした可愛らしい少女はそのままセナイダが座る椅子の傍まで歩いてきた。
「どうしたの?」
「ラミロが来てるんだけど」
 どうも歯切れが悪い。何か問題でも有ったのかと、セナイダは椅子から腰を浮かせる。立ち上がったセナイダを上目遣いにじっと見つめる妹に首を傾げて見つめ返す。言いにくそうに口ごもり、視線は落ち着きが無くうろうろしている。
「……どうしたの。いったい?」
 妹は意を決して口を開いた。
「ラミロに私が作った薬の実験台になって、って頼んで欲しいの!」
その口から放たれた言葉にセナイダは脱力した。妹の薬作りの情熱と飽くなき探究心には脱帽する。しかし実兄をすでに実験体としているのにも拘らず、まだ欲しいのだろうか。
「兄貴は?」
「最近帰ってきてくれないんだもの」
 セナイダは一瞬遠い目をしてしまう。効能の確認と称して結構な数の怪しい薬を服用させられていた兄を哀れに思った。妹の作る薬は当たり外れが激しい。つい先日も滋養強壮に、と飲まされた薬で二、三日寝込んだばかりだ。実家に帰りたくなくなるのも当然だ。
「ラミロに直接頼めば?」
「お姉ちゃんが頼むほうが確実に言うこと聞いてくれるんだもん!」
 そうだっただろうか、とセナイダは首を捻る。胸のうちではなんだかもやもやとした空気になっている。これはアファナシーのせいだな、と見当をつける。
 早く早くと腕を引っ張り急かす妹に呆れながらもセナイダは椅子から立ち上がり玄関へと向かった。小さい家なので玄関には直ぐにたどり着く。そこにはやはり、話の青年が立っていた。
格好良く決めている茶髪。きりっとした眉に、切れ長だけれどいつも優しそうに笑う碧眼。女の子は誰でも振り返る格好良い青年だ。無類の女好きが欠点である。
「ラミロ」
「セナイダ悪いな。今日は休みなのに」
「悪いと思うなら帰れ」
 アファナシーという超絶美人に慣れているセナイダにとって、ラミロの笑顔など気にも留めない代物。しかもラミロは幼馴染なのだ。そのやり取りに遠慮や乙女らしい恥じらいも無い。ぐさりと言い放ったセナイダにラミロの表情は強張るが、笑顔は壊さない。
「いや、本当に、悪いと思ってるんだけど、どうしてもお前が必要なんだよ」
「騎士団に必要なのは妹の薬のほうでしょ」
「必要ない!」
 必死に言い募るその様は滑稽だ。兄から実体験を語られているのだろうと解るが。セナイダの後ろには少々気分を害した妹が居る。最悪頼み込む前に問答無用で実験台にされるだろう。それはそれでセナイダの手間が省けるので一向に問題は無かった。
 セナイダはラミロに首を傾げて見上げる。言葉が無くても続きを促すその仕草にラミロは安堵した。